独特のだみ声で歯に衣(きぬ)着せぬ弁舌ぶり。批判には正面から対決してみせる剛直さ。分かりやすい政治的態度が、庶民層を中心に根強い人気を持つ。
バンコク出身で名門タマサート大卒。民間会社勤務を経て、71年にバンコク都議会議員に任命され政界に転じた。下院議員当選9回。運輸相、副首相など中央政界で主要ポストを歴任、00年のバンコク都知事選では史上最高得票で当選した。
内相時代の76年10月、学生集会に治安部隊が突入して46人の死者を出した「血の水曜日事件」の責任者として「極右政治家」のレッテルを張られた。当時の強硬なメディア検閲も悪名高く、言論界には敵が多い。都知事時代の中傷発言で有罪判決を受けているほか、消防車納入を巡る不正疑惑も取りざたされ、灰色イメージはぬぐえない。
暫定政権によるタクシン前首相らの不正追及が進む中、「タクシン氏の代理人」を自称し、「国民の力党」の党首を引き受けた。
「政治にある程度の汚職は付き物」と開き直る姿勢は、一部の喝采(かっさい)を浴びるものの、政界浄化を求める都市中間層らからはまゆをひそめられ、政治指導者として危うさをはらんでいる。
趣味は料理でテレビ番組で毎週、創作タイ料理を披露。自宅で20匹以上の猫を飼う動物好きの一面もある。スラット夫人との間に双子の娘がいる。【バンコク藤田悟】
毎日新聞 2008年1月29日
双子かぁ。いいなぁ。